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宮崎県/大崩山系・雌鉾岳
大長征
2010年12月12日
《プロローグ》 仕事で2か月福岡に行くことになった。花崗岩クライマーとしては100岩九州版を見て前から気になってた比叡山に行ってみようと考えた。 だけど九州にクライマーの知り合いなんていないから当然ソロ目的で行くわけですよ。 で、ルートについてwebで調べてたら「藪山澤好の空間」というページを見つけ、結構比叡山のトポなど詳しい情報が載ってる。 その中で見つけたのが100岩に載ってない雌鉾岳という岩場で、概要説明には 「雌鉾岳は、南面に高さ約250m、底部の長さ約400mに及ぶ花崗岩の広大なスラブを持ち、特にスラブ好きのクライマーには垂涎の的といえる。その明るい開放感とすばらしい高度感は国内でも貴重な存在であろう。・・・」 花崗岩!! スラブ!! しかもデカい!! もうヨダレが止まりませんわwww もうここ行くしかないっしょ! ということで、どのルートがいいかなー♪とトポを眺める。 どのルートも数百メートル規模のスラブでグレードも〜Z級までとかなり登りごたえがありそうだ。 調べていくうちに二つのルートの上下をつなげた「大長征」というルートがあり、このエリアの1番人気とのこと。 しかもその2つのルートというのが基部幅400mのスラブの最も左にあるルート(美しいトラバースルート)の下部と最も右にあるルート(大滝左ルート)の上部をつなげたものだという。 そうです!これをつなげるためにはムチャクチャ長いトラバースをしなければならないのです! そのトラバース距離なんと4ピッチ、150m!! このスラブには中間にバンドがあって、そこを端から端までトラバースするルートがこの「大長征」だ。 ルート全長約350mでそのおよそ3分の1がトラバース、しかもW級-、W級+、X級-、V級となっていて、準核心となるピッチがトラバースパートに含まれている。 《出発》 週末の2日間のうち、1日はボルダーをやるつもりだった。福岡から車を走らせ、阿蘇経由で宮崎入りした。土曜は日之影ボルダーに行ったけど、雨が降ってきて見学だけ。 だからもう一か所気になってた祝子川ボルダーエリアへと車を走らせた。祝子川は河原がでっかいボルダーで埋め尽くされていて壮観だった。 でも着いてからトポを持ってないことに気づいてこちらも見学だけになった。 結局土曜はクライミングはせず、延岡のビジネスホテルに泊まった。 《アプローチ》 少し寝坊して8時ごろチェックアウトして、アプローチ起点となる鹿川キャンプ場に10時過ぎに到着した。 そこから登山道を歩き11時に雌鉾岳東面スラブの基部に到着した。 もう吐息が漏れるほどの光景だ・・・ こんな大規模なスラブ、国内ではそうそうお目にかかれないぞ・・・ しかもこの日は他に誰ひとりクライマーはいなくて、でっかいこのスラブを独り占めできるぜ! 《大長征 登攀》 実はソロシステムを使って登るのは1年半前の北穂ドーム中央稜以来だ。 だけど前もってシステムの確認したりするほどマメな性格じゃないから、「ま、なんとかなるっしょ。」的なノリでクライミング開始した。 取付きから最初のピッチを見上げると、傾斜も緩いし、登り返しも面倒だから、行けるとこまでフリーソロで行ってみるか・・・ さすがに3P目の最後の方は傾斜が立ってきて際どかったけど、最終ピンは過ぎてしまったし、あと数メートルで安定したビレイポイントだからと思って何とかかんとか微妙な箇所をこなした。 「おろし大根にならなくてよかった・・・」 と、結局気づけば3P終了点の一本松まで120mフリーソロで上がってきてた。 ここでやっと1年半前の記憶をたどってソロシステムを思い出し、ビレイしながらの登攀を開始した。 ここからがバンドトラバースの始まりなんだけど、微妙なホールド&スタンスでバランシーな箇所が多い。 しかもこれまでソロでやってきたルートでトラバースなんか出てこなかったから、予想してなかった問題が発生した。 このときはソロビレイ器としてルベルソを使ってた。このシステムはロープが下に引かれるとビレイ器をロープが流れるんだけど、落下した際に上に引かれると自動的にロックがかかるようになっている。 このシステムだとトラバースでもルベルソ内を流れるロープの屈曲が大きくなってロックしがちになる。 何度かロープを手で繰り出しつつも、順調に進んでいった。 トラバース前半はまだ右上気味だったからロープは流れてたけど、後半はほぼ真横のトラバースだ。しかもこのピッチはX級-で準核心ピッチ、かなり繊細なスタンスの踏みかえが出てくる。 「ここでロックするなよ〜・・・」と願うも虚しく、まさに微妙なバランスでムーブをこなしてるその時にビレイ器がロックしてしまった。 微妙な態勢のまま息を殺し、片手でそっとロックを解除してロープを繰り出す。 繰り出す長さが短ければ、微妙な個所を抜ける前にまたロックするかもしれない。かといってこの微妙な個所で繰り出すロープが長ければ、それだけ墜落する距離が大きくなる。 この場合、墜落というより落ちれば大きな振り子だ。 どうせあたり一面凹凸のないスラブだ。大きく振られたってどこかに打ち付けられることはない。粗い花崗岩のフェイスでかすり傷が増えるだけだ。 今にもミシンを踏み始めそうなつま先で耐えられる間だけロープを繰り出して、ムーブの途中だった微妙な体性からムーブの続きをこなした。 何とか落ちずにX級-のピッチを終えた。 だけどもう一つトラバース特有の問題があった。 ソロクライミングはリードしたあとに支点回収のためにまた下降して登り返さなければいけない。 通常は上の支点にフィックスしたロープを使ってゴボウで上がっていくけど、トラバースの場合これが出来ない。 やるとしたらランニング支点を1つ回収するたびに次のランニングを正に“支点”として1ピン分の長さの振り子になるしかない。 結構ボルト間隔が遠いから振られるのもなんとなく嫌で、結局登り返しもまたフリーでこなした。 ロープ操作に手間取ったけど、このピッチ自体はなかなかシビれるクライミングだった。 トラバース最後のV級ピッチは難なく通過してバンドの右端に着いた。 ここからは右手に一枚岩を緩やかに流れ落ちていく大滝を見ることが出来る。 そしてついにここから最後の2ピッチ、X級、X級+と続くルート全体の核心ピッチだ! これまでソロでやった最高グレードはX級までだから、少し不安もある。 もう一度トポをみてラインを確認してから、頂上に見える大きな岩塊のひとつ、一ノ坊主を目指して、“上に向かう”登攀を再開した。 このスラブ、バンドを境に上と下で傾斜が明らかに違う。 出だしから微妙な乗り込みをこなし、花崗岩特有の小さなホールド・スタンスを探しながら、ムーブを起こす前に手順・足順を想定してから進んでいった。 とくにスラブでは一度細かいスタンスに乗り込んでしまうと修正がきかなくなる恐れがあるから、ワンムーブワンムーブを慎重にこなしていった。 なんとかX級の8P目をクリアし、いよいよ最終ピッチだ。 取付く時間が遅かったせいもあって、この時点で太陽は西の水平線に沈みかかっていた。 薄暗くなりかける中で、最終ピッチ X級+に取付いた。 ソロってのもあると思うけど、結構シビアな個所が続く。 一ノ坊主も間近に迫ってきて大長征ももうすぐ終了点だ。 暗くなる前になんとかクライミングを終えられそうだ。 このルートの実質の終了点は一ノ坊主の基部だ。 そこまであと5メートルほどのところで、おそらくここが全工程での核心となるだろうと思われる個所が出てきた。 すでに前のランニングからは5メートルほどランナウトしているけど、あたりにはボルトが見当たらない。 ラインがそれているとも思えない。 上部を見渡してもボルトは見当たらなかったけど、弱点ライン明らかだ。 あと2メートルほどこなせばガバ帯となりそうだ。 だけどこのランナウトで核心ムーブをこなすのか? かなりためらったけど、もう今ここにいる以上クライムダウンすることは難しいから、登りきる以外他に選択肢はない。 とっくに太陽は沈んでいて、残照の中で見えるだけのスタンスを確認し、何度も何度もムーブを想定してからムーブを起こした。 一つ一つのスタンスを確実にフラットシューズのソールでとらえていることを感じながら、しかしリズムを崩さないように足を進め、ガバ帯に入っていった。 結局最後は10mほどのランナウトで終了点に到達した。 急いで支点回収して登り返すと、すでにヘッデンなしでは何も見えなくなっていた。 ギアとロープをザックに入れて、頂上岩塊の基部をトラバースした。 ほんとは頂上まで行きたかったけど、さすがにこの暗さではと断念して下行路を探した。 《下山》 真っ暗な中ヘッデンの明かりひとつでフィックスロープを使って転げるように下降し、取付きに降りた。 もう一度今日登ったこの大きなスラブを一瞥し、人気のない登山道を一人下った。 まわりにはシカがたくさんいて、真っ暗闇でいきなりすぐ近くでガサッといったり、二つの目だけがヘッデンの光を反射させて鋭く光ったりするのが見えるたびに、キモを冷やす思いで下山の足取りが速くなった。 あまり怖がりじゃないつもりなんだけど、このときはかなりビビりまくったな・・・ キャンプ場の自販機の明かりが見えてくると心からホッとして、缶コーヒーを買ってからそのまま福岡への帰路に着いた。 《エピローグ》 これまでソロでやってきたルートは、北アルプスや谷川岳といったいわゆるアルパインルートがほとんどだったけど、今回の大長征はこれまでのルートとは違って、岩場のエリアとしてもルートの内容としてもスポーツクライミングルートに近いと思う。 グレードこそX級+で、デシマル換算するとおそらく5.6とか5.7とかのグレードになるんだけど、これまでやってきたルートよりも難しさを感じた。 だけど一度も落ちることなく、オールフリーで登れたことはかなり自信につながった。 久しぶりのソロだったけど、無事に成功させることが出来て、しかも今のシステムの新たな問題点を発見できた。 ソロのシステムを考案してる時って結構楽しい。 まわりにソロのやり方を教えてくれる人はいないし、ネットや書籍でもほとんどその具体的な方法を知ることはできない。 だけどわずかな情報をもとに自分でシステムを考え、市販されているデバイスを応用してそれを実践で試す。 まだまだ問題点はあるけど、使うたびに問題点を修正して、少しずつ効率的になってきている。 ソロを続けてるのは登るのが楽しいってのが一番にあるんだろうけど、合理的なシステムを考えたりするのが好きだからだろうなーって時々思ったりする。 |